ヨンマルマル

四百字詰原稿用紙一枚分の雑記

2020-01-01から1年間の記事一覧

発酵した暗黒/『鵞鳥湖の夜』

逃げる男と、ついてくる謎の女。関係性と緊張感だけで何杯も呑める良作。貧困の情景も地方の倦怠も暴力的な混沌も、すべて良かった……。 警官を誤射して指名手配された犯罪組織の男、つきまとう水浴嬢(遊泳中に売春する娼婦)の女、ふたりを追う警察(見た目…

色とりどりのプロパガンダ/『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』

存命人物のドキュメンタリーを製作するのは、難しいことだと思う。なぜなら、その人物自身の「直接的/間接的」介入を防ぎようがないから。前知識ゼロでなんとなく観たが、色々考えさせられた。 ピエール・カルダンという、世界的に有名なファッションデザイ…

戦争に間に合う/『この空の花 長岡花火物語』

戦争のことなんて知っている。学校で習った。本で読んだこともある。半世紀以上前に悲惨なことがあった。だから繰り返してはいけない。……こんな風にして、理解した気になっていました。なんという浅はかな態度であることか。本作で描かれた長岡空襲のこと、…

第四の壁を壊し、観客を殴る。グーで殴る。/『海辺の映画館―キネマの玉手箱』

映画にできることってなんだろう。大林宣彦監督は、本作『海辺の映画館―キネマの玉手箱(英題:Labylinth of Cinema)』を通して「それは、未来を変えることだよ」というメッセージを遺された。と、思う。 戦争のことを知りたい、と銀幕に消えた少女を追って…

抜かりなきコメディセンス/『EXIT』

Netflixの韓国ドラマ『愛の不時着』や『梨泰院クラス』にドハマリしてしまっている所為で、映画も韓国のものをもっと観たいなという気持ちが止まず、本作をセレクト。「映画を観たなあ!」というのが一番の感想。ストーリーは、毒ガステロが起きたソウルの街…

終わらない歌/『タゴール・ソングス』

知らないことを知れるのが映画の良いところ。ただ知らない情報というだけではなくて、知らない音を、知らない景色を、知ることができる。インドやバングラデシュという土地がこんなに美しいことを、私は何も知りませんでした。この作品を観るまでは。 非ヨー…

これは世を忍ぶ仮のチキン/『エクストリーム・ジョブ』

あの『パラサイト』を抜いて韓国映画興行収入一位と聞き、興味が湧いて『エクストリーム・ジョブ』を鑑賞。プロットはシンプル。お取り潰し寸前の麻薬捜査班が、起死回生を図ってフライドチキン屋を買い取り、裏社会の大物の張り込みをするのだけど、その店…

観るタイミング、観れないタイミング/『日本沈没2020』

2020年4月から7月という時期(前段として) かれこれ3ヶ月ほど映画を観ていません。理由はいくつもあるのですが、コロナ渦という状況に振り回されてしまった、それでなんとなく観る気になれなかった、というのが大きいです。また、映画館に行こうとしては「…

貴種流離ハンマー/『マイティ・ソー』

MCUマラソン4作目。マーベルは現代もの、という勝手な思い込みから「ファンタジーってどうなん?」という先入観がありましたが、完全に杞憂でした。北欧神話を下敷きに、現代アメリカ(つまりアイアンマンなどが居る世界)に追放されたオーディンの息子ソー…

存在の耐えられない軽さ/『アイアンマン2』

MCUマラソン3作目。あかん、イケおじトニーがどうしても好きになれん……。『インクレディブル・ハルク』の感想(美女と野獣ニューヨークへ行く/『インクレディブル・ハルク』 - ヨンマルマル)で「トニー・スタークには、なぜ弱さの描写がないのか」と書きま…

美女と野獣ニューヨークへ行く/『インクレディブル・ハルク』

MCUマラソン2作目。私はトニー・スタークより本作の主人公ブルース・バナー(エドワード・ノートン)の方が好きだ。理由は後述。スーパーソルジャー計画の実験失敗で緑の怪力巨人(=ハルク)になってしまったブルース氏が、アメリカ陸軍に追いかけ回される…

手造りおっさんヒーロー/『アイアンマン』

こんな時なので。MCUマラソン(『アイアンマン』からひとまず『エンドゲーム』までが目標)を開始しました。なぜMCUシリーズがここまで人気になったのかを知りたかったので。ちなみにこれまで、恥ずかしながらひとつも作品も観たことはありません。意識して…

遠い昭和のランドスケープ②/『時をかける少女』

(遠い昭和のランドスケープ①/『時をかける少女』 - ヨンマルマル) 人間はタイムリープが好きだ。主語も述語も大きいが、概ね真実であるのではなかろうか。そして多くの時間跳躍譚はラブロマンスと密に結びつく。本作も例外ではない……しかし。この『時をか…

遠い昭和のランドスケープ①/『時をかける少女』

大林宣彦監督、ご冥福をお祈り申し上げます。大林作品は『異人たちの夏』しか観たことがなかったため、この機会に有名な「尾道三部作を!」と意気込んでみたけれど、一作目『同級生』の配信が無く……二作目の『時をかける少女』から。 偶然にもタイムリープと…

自分がドラマに求めるもの②/いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

(自分がドラマに求めるもの①/いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう - ヨンマルマル) 恋愛劇の中の生活にリアリティを持たせるために、キャストの演技力は必要不可欠なものだが、本作の出演陣は……全員良かった。全員好きです。強さとひたむきさを同…

自分がドラマに求めるもの①/いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

自分がドラマに求めるものは、なんだろう。……などと益体もないことを考えたときの答えのひとつが、本作『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』である。というか観終わって結論がそうなった。 東京を舞台にした20代男女の恋愛群像である。そんな作品…

ネオ・ノワールへの耽美②/バビロン・ベルリン シーズン1

(ネオ・ノワールへの耽美①/バビロン・ベルリン シーズン1 - ヨンマルマル) 映画でもドラマでも、ドイツを舞台にした作品を観る機会は少なくて。ましてやドイツ製作で全篇がドイツ語というドラマは、たぶん初めてだったので、新鮮な視聴体験になった。パリ…

ネオ・ノワールへの耽美①/バビロン・ベルリン シーズン1

ドイツ狂の後輩が激推しをしていたドイツのドラマシリーズ。たまたま、GYAOでシーズン1のみ無料公開していたので、一気に視聴。舞台は1929年、第一次世界大戦の終戦から約10年経過したドイツのベルリン。ケルンから極秘任務を帯びて赴任したラート警部と、娼…

最高のプロット、最高のママ/映画『ジョジョ・ラビット』

ヒトラーがイマジナリーフレンドとして現れるぐらい、ナチスにどっぷりな10歳児ジョジョ・ベッツラー。彼の自宅の屋根裏に隠れていたのは、美しいユダヤ人の少女・エルサだった……。プロットとしては完璧です。しかし物足りなさがだいぶ残ったというのが、正…

MOTコレクション第3期 いまーかつて 複数のパースペクティブ/東京都現代美術館

上野の美術館群に言語化し難い苦手意識を持っている私にとって、江東区の東京都現代美術館は落ち着いて過ごせるアートスペースのひとつである。もちろん上野にも上野の美術館にも罪は無い。悪いのは勝手な思い込みを持つ私だ。 集合展「仮の声、新しい影」を…

Echo after Echo 仮の声、新しい影/東京都現代美術館

2019年にリニューアルオープンした東京都現代美術館へ。リニューアル後に訪れるのは初。お目当ては、集合展「仮の声、新しい影」に出展していたTHE COPY TRAVELLERSだ。上蓋を取ったコピー機と一緒に世界を旅して、ありとあらゆるものをサンプリングする3人…

岬の兄妹②

(岬の兄妹① - ヨンマルマル) リアリティ。『ジョーカー』『パラサイト』あるいは『バーニング』など、貧困と極限をテーマにした映画を、昨年から今年に掛けて少ならからず観た。それぞれにそれぞれのリアリティ演出があり、甲乙はつけがたい。ただ『岬の兄…

岬の兄妹①

クソみたいなクソのお話……と単純に断じることはできなかった。貧困の中で自閉症の妹に売春をさせる実の兄を描く映画。「人としてどうなんだ!」という罵声は作中でも浴びせられる。確かに道義にはもとる、あまりに酷すぎる、妹を売る前に自分がなんとかして…

熱源

第162回直木賞受賞作。サハリン・アイヌという民族が、日本国における明治から昭和にかけて辿った軌跡を追う歴史小説。第160回の直木賞受賞作であり、戦後沖縄の混乱と渾沌を描いた『宝島』と対を為すような作品だというのが、率直な感想です。ただ両作では…

パラサイト 半地下の家族

ポン・ジュノ監督作品初見です。NHKでの是枝裕和氏との対談で「自分は社会派の映画監督と呼ばれたくない」と監督は発言されていました。確かに、本作はあくまで(極めて)良質なエンタテインメント映画。かつ、その娯楽性の中で社会が孕む問題を再考せねばな…

グスコーブドリの伝記

仕事で付き合いのある人から「毎年元旦に同じ本を読み、その年ごとの感想を記録することで、自己理解に努めている」という習慣を聞きました。真似をしようと思い立ち、今年から1月1日は、宮澤賢治の「グスコーブドリの伝記」を読むことに。初めて触れたの…

ストレンジャー〜上海の芥川龍之介〜

「魔都・上海」という言葉をそのまま映像化したような作品でした。猥雑さ、淫靡さ、抑制的だけれど扇情的な陰影をもって、往時の上海が描かれます。1921年に新聞特派員として上海を訪れた芥川龍之介(松田龍平)が主人公の異界見聞譚。芥川の「上海游記」(…