ヨンマルマル

四百字詰原稿用紙一枚分の雑記

人の叔父さんを笑うな!/私の叔父さん

 後輩の熱烈な推薦により鑑賞。両親を早くに亡くした28歳のクリスは、自身を引き取って育ててくれた叔父と、デンマーク非都市部で伝統的酪農に従事して生活している。叔父さんは高齢で足も悪くしているため、軽度の介護が必要。そんなふたりの静かな日々を描く作品でした。
 中盤までセリフらしいセリフもなければBGMもないため、まるでドキュメンタリーフィルムのように淡々と進行します(ちなみにクリス役のイェデ・スナゴーと叔父役のペーダ・ハンセン・テューデンは実の姪と叔父の関係)。終盤になっても大きな事件や大きな解決は描かれません。
 では、北欧スローライフ賛美のナチュラル系映画だったのかと言えば、それもたぶん違っていて。きっと、監督さんは「生活」はそれそのものですでに「何か」なので、ありのままを受け入れて見てくれ、ということが言いたかったんじゃないでしょうか。人の叔父さんを笑うな、人の生活を笑うな、ということ。(四〇〇字)

スタッフ
監督・脚本・編集・撮影/フラレ・ピータセン

キャスト
クリス(彼女に一切の非はないが、とはいえ少し思い込みと突っ走りが過剰)/イェデ・スナゴー
叔父さん(ヌテラが好き)/ペーダ・ハンセン・テューデン

【付記】
何の気無しに行ったら、恵比寿ガーデンシネマの休館前最終日でした……。映画館が休館になるのは、さびしいな。はやく再開されますように。

世界観という呪い/花束みたいな恋をした

 映画館に行きたい、行きたいと思えど、なかなか足を運ぶ時間が取れず。結果、五ヶ月弱ぶりになりますが、これはさすがに行ってきました。坂元裕二脚本&土井裕泰監督『花束みたいな恋をした』です。
 1982年生まれ。2001年上京。以来、2021年現在までの20年ほぼ全ての時間を京王線沿線で過ごしました。だからダメなんです、この映画はダメ。だって麦(菅田将暉)や絹(有村架純)のようになりたかったんだから。心底、憧れていたのだから。結果、なれっこなかったけれども。
 とはいえ、2015年のカップルとしてはちょっとオーセンティックすぎるかな、とも感じました。今の20代の人たちの恋愛世界とは、少し違うんじゃないかな。それでも、悔しいことに自分はこの映画の中で描かれた世界観に、今なお囚われ続けているような気がします。深夜の安居酒屋とか、映画の半券のしおりとか、ファミレスのドリンクバーとか、そういうものたちに。(四〇〇字)

[スタッフ]
脚本/坂元裕二
監督/土井裕泰
音楽/大友良英

[キャスト]
山音麦(どのバージョンも超絶イケメン)/菅田将暉
八谷絹(少しずつ諦めていく演技がホント上手い)/有村架純
川岸菜那(静かだけど確かな存在感)/韓英恵
羽田凛(有村架純とほぼ10歳違いなのか)/清原果耶

【付記】
坂元裕二脚本作品ということで『カルテット』的なものを想像していたけれど、むしろ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』だったな。『いつかこの恋〜』の時系列の先に繋がる話というか。同作でも本作でもファミレスが印象的に使われていた所為もあるかも。ファミレスは世界そのものですよ……。

発酵した暗黒/『鵞鳥湖の夜』

 逃げる男と、ついてくる謎の女。関係性と緊張感だけで何杯も呑める良作。貧困の情景も地方の倦怠も暴力的な混沌も、すべて良かった……。
 警官を誤射して指名手配された犯罪組織の男、つきまとう水浴嬢(遊泳中に売春する娼婦)の女、ふたりを追う警察(見た目はヤクザ)と対立組織、辿り着いたのは中国南部、鵞鳥湖という観光地(?)がある、どん詰まった地方都市。
 ストーリーはシンプルでセリフ数も多くないので、キャストの(良い意味で)くたびれた演技と、疲れ切った街の空気を存分に楽しめる作品だ。盗難バイク、改造拳銃、光るスニーカーで踊る屋外ダンス場、見世物小屋、労働者集会などなど。ハリウッドのクライムアクションやフランスの犯罪映画のような、カッコ良いものなど何ひとつとして出てこないのに、なぜか「すごく良い……」と感じてしまう不思議さ。あとはメシを食らう場面が、とにかく汚くて生命力に溢れてて素敵。特にキュウリと麺。(四〇〇字)

[スタッフ]
監督/脚本 ディアオ・イーナン

[キャスト]
チョウ(阿部寛に似てる逃亡犯)/フー・ゴー
アイアイ(水着が斬新な水浴場)/グイ・ルンメイ

※付記
原題は『南方車站的聚會』で「南の駅での集会」的な意味になる。これは指名手配犯のチョウを追って南の駅(鵞鳥湖のある街の駅)に、警察やら組織やらが集まってくるの指すのだろうか。英題は『The Wild Goose Lake』で鵞鳥湖そのまま、シンプル。で、邦題の『鵞鳥湖の夜』も趣きがあって良いなあと思う。夜だけの話ではないけど、全体のイメージは昏い夜であるし、本篇も夜にはじまり夜に終わるし。