ヨンマルマル

四百字詰原稿用紙一枚分の雑記

彼女がその名を知らない鳥たち

 蒼井優がクズ女を演じ、相手役を阿部サダヲが務める。それだけで観たかった作品。
 期待は裏切られず。生臭くて温かい、腐臭がプンプン漂う映画だった。
 綺麗、美しい、カッコいい。他人に自慢できる何かに囲まれて生きていたい、などと考えるのが人間の性。けれど、綺羅綺羅なだけではいられない。だって私たちは、飲んで食って性交する糞袋だもの。かつ私たちは面倒臭い脳味噌のある生き物なので、物事が常に反転する。きれいはきたない、きたないはきれい。だとしたら、人を愛することは、きれいなことか、きたないことか……どっちなのか。本作は問うてくる。
 セックスシーンと食事のシーン、それぞれのバランスがみごと。中でも強く残るのは、かきあげうどんやすき焼きなど、日常的な食事シーンだ。朝井リョウがラジオで言っていた「食事をする光景を人に見せるのは、セックス見せるのより恥ずかしい」という言葉が、ようやく理解できた気がする。(四〇〇)

 

 



 

勝手にふるえてろ

 宇多丸さんが絶賛していたので観ました。ので、ちょっとハードル上げ過ぎて鑑賞してしまったかも。原作は綿矢りさの小説。
 前半のイタさ前回妄想女の松岡茉優は最高。なんてものを見せられているのかと。凄まじいなこれはと。自分の汚物を柵のこちら側へ放り投げてくる、動物園のオランウータンのようで。イタい、イタい、汚い、やめて、イタい! となる。……しかし。
 自分は結局、松岡茉優演じるヨシカという女性が、現実と折り合いをつけてしまうオチが、どこか気に入らなかったのだと思う。それは映画自体の良し悪しとは関係なく、好みの問題。ただ、ヨシカにはマイウェイを突っ走って欲しかったのです、その先で破綻と破滅を迎えて欲しかったのです。だからなんというか、見終えて無念感が残りました。
 松岡茉優もさることながら、相手役の渡辺大知もとんでもなくイタいオランウータンだった。この2人の今後に期待したいのは、言うまでもなし。( 四〇〇字)

 

勝手にふるえてろ
 

 

 

九州・博多

 ヨンマルマルの更新をするのは、ほぼ半年振りになる。いったん、諸々リセットしようかとも考えたけれど、空白期間があるというのも1つのログではあるので、このまま続行。久々の更新は、いつもの映画や小説の感想ではなくて、先週出張で訪れた街の感想を。
 九州に行くのは3回目。博多は3年前の熊本出張の際に立ち寄ったが、ラーメン食うぐらいしかできなかった。今回は仕事の空き時間にプチ観光ができたので、リベンジを果たせたといって良いだろう。端的に良い街だと思う。東京はもとより、京阪神に比べても地方都市感は強いけれど、どこか「開けた」印象が強かった。外国人観光客が多いからだろうか。人通りも多過ぎず少な過ぎず。記憶に強く残ったのは、8年振りに再会した友人に連れられて行った筥崎宮元寇の際に書かれた「敵國降伏」という掲額のインパクトにやられた。歴史はただ残るものではない、遺す意志があって残るものだ。また、行きたい。(四〇〇)