ヨンマルマル

四百字詰原稿用紙一枚分の雑記

美人画百景/「コレクター福富太郎の眼」

 六月の終わりに、東京ステーションギャラリーの「コレクター福富太郎の眼」展へ。後輩の熱烈推薦と、鏑木清方の《妖魚》に、ちょっとだけあった仕事上の関わりのため。
 福富太郎は「昭和のキャバレー王」との異名を持つ実業家(でいいのか?)で、高名な絵画コレクター。とはいっても、金に飽かせて買い漁る成金型ではなく、確かな審美眼を持った蒐集家だったとか。勉強不足で日本画美人画の良し悪しは分からないけれど、記憶に強く刻まれた作品は何点もあった。お目当ての《妖魚》は想像よりも十倍は大きく、度肝を抜かれた。松本華洋《殉教(伴天連お春)》と島成園《春の愁い》は、共に大正の女性画家が死罪のキリシタン女を描いたもの。愁いと美しさが渾然となって胸を突かれる思いがした。歌舞伎の「切られお富」を題材とした甲斐庄楠音《横櫛》も、恐くて怖くて綺麗で良かった。
 好きだなと感じる絵、良い機会だし、もう少し探してみようかな。(四〇〇字)

一億総中流という虚構が崩れた未来の片隅で/あのこは貴族

 コロナ渦以降、しばしばテーマになっている「分断」という言葉。そうした流れを意識したのかそうでないのかはわからないが、本作も分断や対立を題材にしている。しかし評価されるべきは、その先に見える可能性を描いていることだと思う。
 医者の娘の華子(門脇麦)は貴族。華子の婚約者になる航一郎(高良健吾)はさらにガチ貴族。地方出身で家庭の事情から大学を中退した美紀(水原希子)は平民。ちなみに美紀は航一郎にとって都合の良い女である。美しいドラマチカル・トライアングル。
 少し前のドラマであれば、ドロドロの愛憎劇か『巌窟王』ばりの復讐劇になっていただろう。ただ、この作品は違った。分断や対立や偏見や蔑視では、誰も幸せになれないことを示した。平民はおろか、貴族さえも。
 綺麗事かもしれないが、人間ができることって結局、様々な温度や強度で手を取り合うことだけなのではないか。ラストシーンから、そんな感慨を持った。(四〇〇字)

スタッフ
監督・脚本/岨手由貴子
原作/山内マリコ

キャスト
「世間知らずの箱入り」をこれでもかと具象/門脇麦
地方の実家の描写がリアルすぎてジャージが素敵/水原希子
完璧ハイスペイケメンなのに全く幸せそうに見えない/高良健吾
「第三の女」にして良きトリックスター/石橋静河
こういう友達にいちばん居てほしい/山下リオ

ケルナグール1989/アトミック・ブロンド

 近接戦闘が鬼強のセロンさまによるステゴロエンターテインメント……! とはいえ、いわゆるスーパーパワー系のヒーロー無双ではなくて、ガンアクションも要点のみで、ひたすらリアルさ(あくまで、っぽさだとは思いますが)重視の、殴る蹴る怒突き回す叩きのめす、流血バシャバシャで青タンどんとこいのファイトは、ほんと圧巻でした。
 作品の背景になっているのは、一九八九年のベルリンの壁崩壊と冷戦の幕引き。だからスマホはおろかインターネットすらなく、盗聴も盗撮もアナログなのが良い味出してます。クラブでパブリック・エナミーの「ファイト・ザ・パワー」が流れているのも素敵。そうそう、劇中のテレビニュースで「ベルリンの壁崩壊というビッグニュースの後は、音楽におけるビッグトピック、サンプリング問題!」みたいなのやってまして。あれかな、各国情報をサンプリングするエージェント=ダブルスパイ、の暗喩だったのかな。考えすぎかな。(四〇〇字)

スタッフ
監督/デヴィッド・リーチ
脚本/カート・ジョンスタッド
原作/アンソニー・ジョンストン&サム・ハート「The Coldest City」

キャスト
金髪ステゴロナンバーワン/シャーリーズ・セロン
「俺はベルリンを愛してる!」/ジェームズ・マカヴォイ
詩人かロックスターになりたかった/ソフィア・ブテラ
「スパイグラス」と呼ぶのはどうなの/エディ・マーサン